築150年の生家にUターン
「やっぱり自分で住むことにしようと思います」
岩野秀子さんから連絡があったのは、今年の初めのことでした。
岩野さんは佐那河内村に生家である築約150年の古民家を所有しており、その仲介をseeに依頼してくれていました。
徳島市に住居を構え看護師として忙しく働く傍らも、この生家にこまめに訪れ草刈りや換気などこまめに手入れをしていた岩野さん。
保存状態の良いこの住居にはたくさんの問い合わせがあり、契約直前まで進んだお客様もいらっしゃいました。
そんななか、突然かかってきた電話。
状況を伺ってみると、徳島市で同居していたお孫さんに赤ちゃんが産まれ、これから手狭になることが考えられたので、佐那河内のこの家で暮らそうと思うに至ったそうです。
「住まいは夏を旨とすべし」
あれから約半年。
太陽が照りつける真夏のよく晴れた日に、岩野さんを訪れました。
「外は暑いけん、早く中入って。この家は本当に涼しいんよ」と、溌剌とした笑顔で迎えてくれました。
その言葉通り玄関を入るとじっとしていても汗ばむ外とは打って変わって、ひんやりとした空気に。
「ここに戻ってくる前に電気工事をしてもらって容量を上げたんだけど、先月の電気代は1500円でお釣りがきたんよ」と岩野さん。
電気工事の他に、知り合いの大工さんに軒天を直してもらったり、台所の使い勝手を良くしたりと、いろいろ手を加えたと言います。
「あんまりこの家にお金をかけるつもりはなかったんだけど」と苦笑しつつも、岩野さんがこの家をとても大事にしていることが伝わってきます。
この家は、大工をしていた岩野さんの父親がこまめにメンテナンスをしていたそうです。
こうした建具も全てお父様が手がけたもの。
1箇所壊れてしまってところに親戚の家で眠っていた古い建具を分けてもらって取り付けたらピッタリはまったのだとか。
脈々と歴史が続く、人が集まる家
この家の歴史は古く、時の将軍が徳川家綱の時代である西暦1665年に尼寺の住居としてこの地に居を開かれ、岩野さんで15代目になるそうです。
その影響か、岩野さんが子どもの頃から「よく人が集まる家だった」と言います。
「これからもずっとこちらに住まわれる予定ですか?」と、岩野さんに尋ねてみました。
看護師資格を持つ岩野さんは、72歳の年女になった今もあちこちの施設へ手伝いに行っています。
「仕事があるのは徳島市内が多いけん、通勤に便利なのは市内なんやけどなぁ」と目を細めます。
以前、佐那河内に移住してきた人にこの家を貸し出したこともあったけれども、苦い思い出があるのだとか。
そしてこう続けます。
「いずれ譲ることになったとしても、この家や地域の歴史を含めて大切にしてくれる人に譲りたいと思うんです」。
野山の豊かさをお裾分け
若い頃には飲食店のご商売をされていた岩野さんは、お話し上手。
あっという間に時計の針が1周半回っていました。
この振り子時計は岩野さんのお母様が購入されたもので、長い間壊れていたけれども、岩野さんがこの家に戻ってきてネジを巻いたら動き始めたのだとか。
最近、業務が忙しく暑い日が続いていたので少し体調がすぐれないという話をすると、「どくだみや梅エキスを飲むといいよ」と教えてくれ、どくだみをお裾分けしてくださいました。
そして、書棚からおもむろに取り出してきたのは、ロングセラーとなっている東条百合子さんが執筆した「自然療法」という本。
中にはいっぱい線が引かれていて、岩野さんがこの本をよく学んでいたことが伺えます。
かつて大学の薬草の先生と共に、薬膳や自然療法について学びを深めていたそうです。
「コロナがなかったら、薬膳料理を提供してのんびりしてもらうようなお店をすることも考えていたんだけど」と岩野さん。
かつて繁盛店を営んでいた時の思い出話も語ってくださいました。
「枇杷の葉は体にええんよ。持って帰り」と、家の近くの野に出て枇杷の葉をたくさんちぎってお裾分けしてくれました。
この豊かな野山で生まれ育った岩野さんは、植物の知識も豊富。
歩きながらいろんな植物の名前を教えてくれました。
これから岩野さんがこの家でどのように暮らしを営んでいくのか、楽しみです。